大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成元年(オ)1232号 判決

上告人

同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士

山道昭彦

魚野貴美夫

中田明

被上告人

株式会社トーメン

右代表者代表取締役

松本由之

右訴訟代理人弁護士

清木尚芳

三浦州夫

松本岳

主文

原判決中、上告人の本訴請求のうち金一〇九一万一〇五九円及びこれに対する昭和六一年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員請求についての上告人の控訴を棄却した部分を破棄する。

被上告人は、上告人に対し、金一〇九一万一〇五九円及びこれに対する昭和六一年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

上告人のその余の上告を棄却する。

訴訟の総費用はこれを一〇分し、その一を上告人の、その余を被上告人の各負担とする。

理由

上告人代理人山道昭彦、同魚野貴美夫、同中田明の上告理由第一について

原審の適法に確定したところによると、(一)上告人は、昭和五二年六月二八日、訴外有楽商事株式会社(以下「訴外会社」という。)との間で、同会社所有の本件汽船につき、同会社を被保険者とし、保険金額を七〇〇〇万円とする船体保険契約を締結した、(二)被上告人は、右同日ころ、訴外会社に対する本件汽船の売買残代金債権を担保するため、右保険金請求権に質権を設定し、上告人がこれを異議を留めずに承認した、(三)同年九月一五日右汽船が航行中に沈没して全損となったため、上告人は、同年一二月二八日、質権者である被上告人に対し保険金一〇九一万一〇五九円(以下「本件保険金」という。)を支払った、(四)ところが、右沈没事故は訴外会社の代表取締役德丸正昭らが保険金騙取の目的で故意に引き起こしたものであることが発覚し、右德丸らが昭和五九年七月一九日艦船覆没、詐欺の罪で有罪判決を受け、右判決が確定した、というのである。

原審は、右事実関係の下において、上告人の本件不当利得返還請求権は、商行為たる船体保険契約及び質権設定契約に基づき保険者から質権者に支払われた保険金が法律上の原因を欠くとされた場合におけるものであり、上告人の有する真実の財産法秩序の回復の利益に対して、被上告人の有する表見的商事法律関係の迅速な終結の利益が優越し、これを保護すべき合理的理由があるから、商行為によって生じた債権に準じ、商法五二二条の類推適用により消滅時効期間を五年と解すべきものとして、右商事消滅時効を援用する被上告人の抗弁を採用し、上告人の本訴請求を棄却すべきものとしている。

しかしながら、原審の右判断は是認することができない。すなわち、商法五二二条の適用又は類推適用されるべき債権は商行為から生じたもの又はこれに準ずるものでなければならないところ、本件不当利得返還請求権は、商行為たる船体保険契約及び質権設定契約に基づき保険者から質権者に支払われた保険金の返還に係るものではあっても、保険者に法定の免責事由があるため支払原因が失われ法律の規定によって発生する債権であり、その支払の原因を欠くことによる法律関係の清算において商事取引関係の迅速な解決という要請を考慮すべき合理的根拠は乏しいから、商行為から生じた債権に準ずるものということはできない。したがって、本件不当利得返還請求権の消滅時効期間は、民事上の一般債権として、民法一六七条一項により一〇年と解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第一一二九号同五五年一月二四日第一小法廷判決・民集三四巻一号六一頁参照)。これと異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものというべく、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、この点の違法をいう論旨は理由がある。

そして、上告人が本件訴えの提起により本件不当利得返還請求権を行使したのは昭和六一年九月四日であって、本件保険金支払の日である昭和五二年一二月二八日から起算して一〇年の時効期間内であることは記録上明らかであり、上告人が本訴において商事消滅時効の適用を争うことは被上告人主張のように禁反言の法理に照らして許されないものではないから、被上告人の消滅時効の抗弁は失当というほかはない。また、前示事実及びその余の原審の適法に確定した事実関係の下においては、現存利益の不存在及び民法七〇七条一項の類推適用をいう被上告人の各抗弁をいずれも失当であるとし、かつ、本件保険金を返還する場合にその受領の日の翌日からの遅延損害金を支払う旨の上告人主張の特約を肯認し難いものとした原審の判断は首肯するに足りる。そうすると、上告人の本訴請求は、被上告人に対し本件保険金一〇九一万一〇五九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年九月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、これを認容すべきものである。したがって、原判決中、上告人の本訴請求のうち右の金員請求についての上告人の控訴を棄却した部分を破棄した上、右金員請求を認容することとし、上告人のその余の上告を棄却すべきである。

よって、その余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条、九二条に従い、裁判官香川保一の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官香川保一の補足意見は、次のとおりである。

私は、本件不当利得返還請求権の消滅時効に関しては、商法五二二条を類推適用すべきではなく、民法一六七条一項によりその期間を一〇年と解する法廷意見に賛成であるが、商法五二二条の適用範囲に関しては、判例、学説において争いのあるところであることにかんがみ、次のとおり意見を補足することとする。

同条の適用範囲に関しては、同条所定の「商行為ニ因リテ生シタル債権」のほか、これに準ずる債権についても、同条を適用すべきものとするのが当審の判例であるが、同条所定の当該債権は、およそ多種多様な「商行為」なるものによって生ずれば足り、当事者双方は一方が商人であることを要せず、双方的商行為に限らず、一方的商行為でも足り、また、債権者にとって商行為たると、債務者にとって商行為たるとを問わないのであって、種々の性質、態様のものがあり、その共通的な特質を捉えることは困難であって、かかる債権に準ずる債権の認定基準をそもそも定立することができないように思われる。さらに、同条の立法趣旨とされる商事取引関係の迅速な解決という要請を認定基準としても、その迅速な解決の要請の程度を的確に定めることも困難である。そこに、この「準ずる債権」について判例、学説が区々となっている所以があるものと思料される。本来「商行為ニ因リテ生シタル債権」における「商行為」の内容の多様性から考えて、その多様な債権の消滅時効についてこれを一律に律する同条の立法趣旨については、疑問なしとしないのであって、彼此考量すれば、同条の解釈としては、「商行為ニ因リテ生シタル債権」のみに限定し、「これに準ずるもの」をむしろ同条の適用から除外すべきものとするのが妥当のように思われる。

(裁判長裁判官木崎良平 裁判官藤島昭 裁判官香川保一 裁判官中島敏次郎)

上告代理人山道昭彦、同魚野貴美夫、同中田明の上告理由

第一、民事一〇年の消滅時効の適用について

事実の摘示は原審(大阪高裁)判決のとおりである。然しながら原審判決には以下の点において民法一六七条及び商法五二二条の解釈の誤りがありこれは以下のとおり大審院判例及び最高裁判例に相反している。

一、右当事者間大阪高等裁判所昭和六三年(ネ)第一八一二号保険金返還請求控訴事件に関する平成元年五月三一日判決(以下原審判決と云う)即ち「保険金の不当利得返還請求権は商行為によって生じた債権に準ずべきものとして商法五二二条の類推適用により、その消滅時効の期間を五年と解するのが相当である」は最高裁判所昭和五三年(オ)第一一二九号同五五年一月二四日小法廷判決「商行為である金銭消費貸借に関し利息制限法所定の制限を超えて支払われた利息・損害金についての不当利得返還請求権の消滅時効期間は一〇年と解すべきである」及び大審院昭和一〇年一〇月二九日判決「商法二八五条(現五二二条)の適用あるべき債権は商行為に属する法律行為により生じたるものならざるべからざるに不当利得に因る債権は法律行為に因り生ずるものに非ざるを以て其の当事者が商人なりとするも之を商行為に因る債権と為すに由なきものとす」に相反するもので上告に及んだ次第である。以下詳述する。

二、右大阪高裁判決は以下のとおり認定している。

「商行為に属する契約の全部又は一部が無効であるか、取り消されたため、あるいは、本件のように、契約で定められた要件の全部又は一部の欠缺のため、右契約上の義務の履行としてされた給付による利得につき生ずる不当利得返還請求権の消滅時効期間については、これを法律の規定によって生じた債権であるとの理由から民事上の一般債権として一律に民法一六七条一項により一〇年と解するのは相当ではなく、個別具体的な当該法律関係における当事者双方の諸般の事情を彼此勘案することにより、不当利得返還請求債権者の有する真実の財産法秩序の回復の利益と、義務者の有する表見的商事法律関係の迅速な終結の利益とを比較衡量し、後者の利益が優越し、これを保護すべき合理的理由があると認められるときには、これを商行為によって生じた債権に準ずべきものとして、商法五二二条の類推適用により、その消滅時効の期間を五年と解するのが相当である」

と一般論を述べ更に本件につき以下のとおり認定している。

「これを本件について見るのに、①控訴人の被控訴人に対する本件不当利得返還請求権は、前記説示のとおり、いずれも商行為である船体保険契約及び質権設定契約に基づき保険者から質権者に支払われた保険金が、被保険者(質権設定者)の代表者らの故意による事故発生であることが判明したことにより、法律上の原因を欠くとされた場合における不当利得返還請求権であることが明らかであるところ、このように、財貨移転の原因となった契約に、無効・取消・要件の欠缺等の瑕疵がある場合に、その財貨移転の真実の状態への回復、すなわち契約によって生じた不当な法律関係の清算を目的とする不当利得返還請求権は、商行為である契約の解除による原状回復義務が商法五二二条の商事債務たる性質を有すると解すべきである(最高裁昭和三三年(オ)第五九九号同三五年一一月一日第三小法廷判決民集一四巻一三号二七八一頁参照)のと同じく、一般論としてではあれ、財貨移転を基礎づけると事実上考えられていた表見的法律関係に影響されるところが大きいと解されること、②原審証人石川恵の証言によれば、被控訴人は、徳丸正昭らによる本件汽船の故意に基づく覆没につき善意で本件保険金を受領したと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はないが、このように保険金の受領によって被担保債権の表見的満足を得た善意の質権者とって、保険金受領が将来不当利得になることを思んばかって右債権の回収策を図ることは事実上極めて困難であり、他方、被保険者の代表者らの故意による保険事故の発生が、保険金の支払後、五年以上を経過してから初めて発見された本件のような事例は、経験則上、稀であると考えられること、以上のとおりの本件不当利得返還請求権の性質、右不当利得返還請求権をめぐる一連の法律関係における控訴人、被控訴人の立場などの諸事情を彼此勘案すると、本件のような場合においては、不当利得返還請求権者である控訴人の有する真実の財産法秩序の回復の利益に対して、義務者である被控訴人の有する表見的商事法律関係の迅速な終結の利益が優越し、これを保護すべき合理的理由があるものと認められ、したがって、本件不当利得返還請求権は、商行為によって生じた債権に準ずべきものとして、商法五二二条の類推適用により、その消滅時効の期間を五年と解するのが相当である。」

三、商事時効の適用を受ける「商行為ニ因リテ生シタル債権」(商五二二条)の中に不当利得返還請求権が含まれるかについては、従来の判例は、「商法第二八五条(現五二二条)ノ適用アルヘキ債権ハ商行為ニ属スル法律行為ヨリ生シタルモノナラサルヘカラサルニ不当利得ニ因ル債権ハ法律行為ニ因り生スルモノニ非ザルヲ以テ其ノ当事者カ商人ナリトスルモ之ヲ商行為ニ因ル債権ト為スニ由ナキモノトス」(前記大昭和一〇年一〇月二九日)と判示し、また最近の下級審判決も、「不当利得返還請求権は、法律の規定をその直接の発生原因とするものであって、商行為によって生じた債権(商法五二二条)に当たらないと解すべきである」(東京高判昭和五一年一月一四日)と判示しており、いずれも不当利得返還請求権に商事時効の適用を否定している。前記最高裁判決(昭和五五年一月二四日)は、従来のこのような判例の線に従うことを示すものであり、最高裁判決ははじめてこの問題について見解を明らかにした点に意義を認めることができよう。

四、前述の最高裁判決によれば「不当利得返還請求権は法律の規定によって発生する債権であり、商行為によって生じた債権に準ずるものと解することもできないからその消滅時効は民事上の一般債権として民法一六七条一項により一〇年と解するのが相当である」としている。

本件においても保険金返還請求を不当利得返還請求を根拠として請求しているので、消滅時効は当然民事上の一般債権として民法一六七条一項により一〇年と解するのが相当である。ところが、本件原審判決はこれを民事上の一般債権として一律に民法一六七条一項により一〇年と解するのは相当でないとしている。その根拠とするところの一つは、契約解除による原状回復請求権との均衡論に基づくものであるが、原状回復請求権の性質を不当利得返還請求権と解するのは、解除の効果について直接効果説を採った場合に生ずるひとつの帰結であるが、最近の有力説は解除の効果についてむしろ間接効果説を採っており、これによるときは解除によって契約は消滅するものではないと解するのであるから、原状回復請求権の本質も不当利得返還請求権と解することはできないこととなり、右の均衡論も当をえていないこととなる。間接効果説の支持者がしだいにその数を増している今日、原審判決は必ずしも説得的ではないように思われる。

又、原審がよりどころの一つとする解除による原状回復の損害賠償請求の時効を五年とする最高裁昭和三三年(オ)第五九九号判決の時効の起算点は「契約解除の時から進行する」とし、これと同趣旨の大審院大正七年四月一三日の判例もある。この場合のように原状回復の損害賠償請求は解除時より行使しようと思えば行使できるので商事の短期時効を適用しても権利者にとって一向に酷ではない。一方判例は不当利得返還請求権の消滅時効の起算点を権利者の認識の有無とは関係なしに権利発生時とするので(大判昭一二・九・一七民集一六巻一四三五頁)本件では保険金受領の時となり、この判例理論を前提とするかぎり、本件の不当利得返還請求権のように、上告人がこの請求権の存在を知り得たのは船舶故意沈没による保険金詐取の事実が司直に発覚して刑事裁判となった時であり、それから始めて不当利得返還請求権を行使でき(知らなければこれを行使できない)、それまでにはかなり年月を経過するようになるのが一般であり、本件では七年以上も経過している。迅速決済という社会的事実を前提においた商法五二二条を適用することは、同条の趣旨を逸脱し、また権利者即ち上告人にとって非常に酷である。即ち知り得ないために権利行使ができないのにかかわらず、短期の五年の時効が進行するからである。

よって原審(大阪高裁)の本件の不当利得返還請求権は商行為である契約の解除による原状回復義務が商法五二二条の商事債務たる性質を有するからこれと同じと解すべきであるとの根拠は本件に関する限り理由がなく排斥さるべきである。

更に原判決は個別具体的な当該法律関係における当事者双方の諸般の事情を彼此勘案することにより商法五二二条の類推適用を考慮しているが本件においては原審でも主張した如く上告人に格別の保護すべき以下の理由があるので再度力説する。

商法五二二条の適用が特に本件において不適法なことは利息制限法超過利息の返還請求の場合の比ではない。確かに船舶保険契約、質権設定契約は商行為であろうが船舶故意沈没による保険金詐取行為の点をとればそれはもはや企業の営業・企業の活動とは云えず、商事取引関係の迅速な解決・処理と云う要請にはなじまないところである。被上告人は確かに右不法行為に何ら加功はしていないが、訴外有楽商事の右不法行為により被上告人は保険金上の質権の取立権を行使し得、その結果、上告人は保険金を法律上原因なく支払わされたのである。かかる不当利得を被上告人に保持させたままでおくのがよいのか又は上告人に不当利得の返還請求権を許すのが良いのか比較衡量すれば、かような不当利得を被上告人のもとに保持させたままでおくのは社会正義の上からも妥当でなく、上告人に返還させるのが相当である。商法五二二条の適用が是認されるのは契約解除による原状回復の場合のように、それ自体公序良俗はもちろん強行法規違反とも思えない場合であり、その中間と思える強行法規違反である利息制限法違反の利息・損害金の不当利得返還に一〇年の時効を本判決が認めていることを思えば、本件でも当然民法一六七条の一〇年の消滅時効期間を適用すべきである。

五、なお被上告人は甲第三号証の「つきましては後日貴社に支払義務がないことが判明したときは、一切の責任を負い保険金を返還いたします」との念書文言のある領収書を発行している。その目的とするところは保険事故が生じた場合に保険会社には強制力もないのでその保険事故の調査には自ら限界があり、一方保険金の支払は急を要するので、このような念書をとりつけて支払い、万一保険金支払義務がないことが判明したときの保険金の回収に備えるのが慣習である。

「この一切の責任を負い」とは被保険者である訴外有楽商事株式会社が上告人に対して負っている不法行為に基づく損害賠償支払義務(これは発覚後三年は時効にかからないところ、本訴訟提起時は刑事裁判で発覚してから三年以内であるが、同社は無資力)をも被上告人は上告人に対して支払を保証して保険金を受取ったものであるから原審はこの点でも法律の解釈を誤ったものであり排斥すべきである。又、「判明したときは」の趣旨は訴外有楽商事株式会社の保険金詐取の不法行為が判明した時点即ち刑事の公訴提起の時期からの趣旨でもあるから、この点でも原審は法律の解釈を誤ったものであり排斥すべきである。

第二、時効利益の放棄について

一、原審判決は「控訴人が、徳丸正昭の艦船覆没、詐欺被告事件に関する刑事裁判が開始された直後、被控訴人に対し、昭和五八年一二月七日付内容証明郵便で、控訴人には本件保険金支払の義務がないことが明らかであるから、右保険金一〇九一万一〇五九円を返還するよう催告したところ、被控訴人の高松支店長は、昭和五九年一月一一日付内容証明郵便で、司法判断を待ち、事実が確定した後、控訴人と協議したいと考えている旨の回答をし、また、その後、口頭ではあるが、控訴代理人に対し、二分の一の返還をすることで解決したいとの提案をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。」と認定しながら、「前記昭和五九年一月一一日付内容証明郵便による被控訴人の高松支店長の回答は、その文言どおり、裁判による事実の解明がされた後、あらためて協議したいとの意思を表明したにとどまるものであり、また、同支店長の本件保険金の二分の一の返還による解決案の提案も、実務的にも、判例、学説上においても争いのある問題を抱えた本件についての早期の決着を図るための一つの和解案の呈示に過ぎないものであって、いずれも、被控訴人において本件不当利得返還債務の承認又は信義則上これと同視すべき表示をしたことにあたるとは到底認めることができず、他に、被控訴人において、時効利益の放棄をしたものと認めるべき表示行為をしたことを認めるに足りる証拠もない。」と認定している。

二、然しながら昭和五九年一月一一日付内容証明郵便の「司法判断を待ち事実が確定した後、控訴人と協議したい」との趣旨は刑事で保険金詐偽等が明らかになり上告人において保険金支払の義務がないことが明らかになったら協議に入りたいとのことであり、その結果刑事裁判で故意沈没による保険金詐偽等の事実が確定したので、上告人においてはその旨被上告人高松支店長に告げ、支払を催告したところ、二分の一を支払う旨の回答があった。これら一連の行為をみれば時効利益の放棄があったと認めるべきものである。この点において原審は民法一四六条(時効利益の放棄)の解釈を誤ったと云うべきである。

なお和解・示談につき放棄の成立を認めたものとして大判昭三・二・七及び大判昭一七・一一・三〇がある。

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